“ガンダーラ井上のウォッチコラム「タイムトリップ」”の記事一覧

02.「ドグマ」という名の腕時計

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この腕時計は、おそらく1950年代の後半から1960年代にかけられて作られたと思われる、6時位置のスモールセコンドが格好いい手巻きの機械式。ブランドはDOGMA。カタカナで書くと「ドグマ」。この語感、かなりイカツイです。

写真をド正面から撮ったのでわかりにくいですけど、手巻きでカレンダーもないシンプルな機械なのでケースは薄く、左手首を太めに仕立てたワイシャツでなくても袖口で引っかかったりしないのがいい感じ。この時代の手巻き式は皆こんな厚みでした。

それほど高級なラインの腕時計ではなかったからか、ケースは時間の経過とともに痛みが出ているものの、バンドを固定する4本のラグのスタイルが印象的です。このケースには、設計者が雲形の定規で手書きで作図したと思わせる温かみを感じます。

そして、視認性の良いアラビア数字のインデックスは偶数のみ。奇数の部分には星印が入ってます。時代を考えると、かなりユニークというかファンキーですよね。つのだ☆ひろ的というか、数字と数字の間に☆があるだけですけど、なんだか元気な感じ。

よくよく見るとこのウォッチフェイスって、絶妙にバランスがいいというか、好みだなぁ。と思うのです。時針の先が細なが〜い矢印になっているのもポイント。すなわちこの腕時計が製作された時代には時・分・秒のうち、時の単位が最も重要だったのかも。

それはそれとして、「ドグマ」ってすごくないですか?

「イズム」とかじゃなくて「ドグマ」ですよ。普通はそんな言葉をブランド名に選ばないんじゃないかと思うんです。ギリシア語で"考え"を表す「ドクサ」まではギリギリOKだとして、「ドグマ」という言葉は、"宗教上の教義"という重たい意味を含みます。

「ドグマ」は、ギリシア語では元来"公的機関の政治的決定もしくは命令"という意味だったらしいです。この"公的機関の政治的決定もしくは命令"って、コロナ禍によって否応なしにすごく身近に感じられるものになってしまったのはご存知のとおりです。

それだけじゃなくて、「ドグマ」には独断的な意見とか、固定化された信条みたいな意味もありまして、ちょっとゾワッとするような凄みのある言葉。ややダークサイドの世界に近づいてしまうような印象がありますが、なぜか嫌な感じがしないのが不思議です。

僕にとっての「ドグマ」とは、世の中の流れに逆行していたとしても、あえて腕時計をすること。この固定化された信条により自分の気に入った腕時計を日々身につけて行動すると、心の安定につながります。独断的な意見ではありますが、その効果は抜群です。


ガンダーラさん.jpgガンダーラ井上

ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計の蒐集に血道をあげ、「monoマガジン」で世界のどこかの時計店で腕時計を買い求める連載を100回続ける。2002年に独立し「Pen」「日本カメラ」「ENGINE」などの雑誌や、ウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」「Leica M10 BOOK」(玄光社)など。