05.チェコ政府所有物だった腕時計

チェコ軍用.jpg

この腕時計のブランドはレマニア。黒いダイヤルにアラビア数字のインデックス。3針のうち時・分針に夜光塗料入り。機械式の手巻きでドーム状のアクリル風防。ここまで仕様を並べれば察しがつくとおり、軍用として供給された1本です。

レマニアといえばミリタリーウォッチマニアの方々には名の知れたブランドで、1940年代からイギリス軍に腕時計を供給。その中でもワンプシュのクロノグラフは現在でも人気が高く、スウェーデン軍用モデルなども存在します。

でも、実はブランドを表に出さないムーブメントの供給メーカーとしての活動が主な業容で、オメガ・スピードマスターのキャリバーを提供していたり、NATO軍用クロノグラフの中身がレマニア製だったりもする影の実力者です。

通好みというか、知名度は低いけれど興味深い腕時計をレマニアが作っていたという好例が、今回取り上げるモデルです。スラリと伸びたラグ(脚)のスタイルの良さと、ケースの端面の造形がエレガントで、これが軍用?と思います。

裏を返してみれば、軍用ウォッチ特有の刻印がされていて、4桁の番号をぐるりと取り囲むように何か書いてあります。スラブ系のアクセント記号が付いているのですが、文字化けしそうなので記号を省略したアルファベットで書くと

MAJETEK VOJENSKE SPRAVY」 これ、どういう意味なんでしょうね?

この腕時計を入手した当時、私のカメラ道楽の師匠だった竹田正一郎氏に見せたところ「これはおそらくチェコ語ですね」と推察。プラハにいる友人でロシアカメラ研究の第一人者でもあるムラデク博士に聞いておいてあげるとのこと。

そのメールのやりとりはドイツ語でしていたそうですが、ほどなく刻印の意味が判明。ムラデク博士からの伝言として「コレハ、軍管理下ノ所有物ダ。ダカラ、チェコ政府ニ返還シナケレバナラナイ」と所有権の放棄を迫られました。

そんなこと言われると焦ります。僕は泥棒じゃなくて、いわゆる"善意の第三者"なんですけど、どのような経緯でこのチェコ軍用ウォッチが放出され、中古腕時計市場に出てきたのか。すごいドラマがあったかもしれないです。

チェコ軍が、おそらくワルシャワ条約機構に組み入れられていた時代に供給されたレマニア。あれ?レマニアってスイスのメーカーなのに、西側の軍事同盟であるNATOと敵対する集団に、軍事物資である腕時計を出していいの?

と、納入当時に思いを馳せてみれば、スイスって西側諸国に囲まれているけど、永世中立国ですよね。チョコレートと腕時計で有名だけど国民皆兵の、武装中立国家。だから、どんな国に軍用腕時計を出しても問題ないということですかね。

ミリタリー・ウォッチの奥深さは、世界情勢の経緯を含めて腕にすること。その重さが面倒くさいなぁ。という場合には、いわゆるミリタリー調のファションウォッチが沢山あるので、雰囲気だけを楽しむにはそちらの方が気楽ですね。

でも、ミリタリー調のアイテムって、その元ネタが何なのかは頭の片隅で意識しておくべきデザインモチーフなのだと思います。


ガンダーラさん.jpgガンダーラ井上

ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計の蒐集に血道をあげ、「monoマガジン」で世界のどこかの時計店で腕時計を買い求める連載を100回続ける。2002年に独立し「Pen」「日本カメラ」「ENGINE」などの雑誌や、ウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」「Leica M10 BOOK」(玄光社)など。