04.人肌体温発電所ウォッチ その2

井上さん写真.jpgこの腕時計はサーミック。腕に装着している人肌と外気温との差で発電するという、サスティナブル系のコンセプトで20世紀の終わりに発売された人肌体温発電所ウォッチです。イカした腕時計ですが、後継機が開発されることはありませんでした。

その理由を探るため、動作の原理をおさらいしておきましょう。ノートパソコンに搭載されたCPUなどを冷却するための装置として「ペルティエ素子」なるものが使われています。これは帰国子女の名前ではなく、電子デバイスの総称です。

この素子(ソシです。モトコではありません)は異なる金属が接合してあり、そこに電気を流すと熱の吸収が起きます。この挙動をモーターとダイナモの関係みたいに逆転させることで、温度差から電圧を作り出して動力源としているのです。

とはいえ人肌での発電だけでは腕時計を肌から離せません。そこで本体に内蔵された2次電池に充電する仕様になっています。ボタン操作で秒針が6時を指せばフル充電、4時なら余裕、2時だと危なく、12時だと充電ゼロと分かります。

で、この2次電池が1990年代に主流だったニッケル水素電池なんですね。現在もエネループなんかに使われている種類の電池で、一度充電したら何年ほったらかしにしておいても自然放電しづらいことがメリットとして知られています。

ただし、ニッケル水素電池は現在主流のリチウムイオン電池とは異なり、継ぎ足し充電をすると学習効果でフル充電の容量が目減りしてしまう特性もあるのです。すなわち人肌で毎日継ぎ足し充電を繰り返すと電池がダメになります。

そうすると、フル充電してから10ヶ月は動いていたのがどんどん目減りして、いつも人肌で腕時計を温めてやっているのにインジケーターが2時とかを示していて精神的に追い詰められてしまうんですね。12時の充電ゼロになるのが怖い。

それはなぜかと言うと、充電ゼロになってしまうと、どんなに人肌で温めても蓄電されることはないのです。その場合はセイコーサービスで特殊な48時間の強制充電という処置を取らない限り、サーミックは決して蘇生することがないのです。

この腕時計のオーナーになると、まるで珍獣の飼育員さんみたいにずっと世話をしないといけなくなります。特に外気温が体温に迫る夏場になると充電効率がガタ落ち。どうやってこの夏を乗り切るかに毎年頭を悩ませることになります。

つづく


ガンダーラさん.jpgガンダーラ井上

ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計の蒐集に血道をあげ、「monoマガジン」で世界のどこかの時計店で腕時計を買い求める連載を100回続ける。2002年に独立し「Pen」「日本カメラ」「ENGINE」などの雑誌や、ウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」「Leica M10 BOOK」(玄光社)など。