03.人肌発電所ウォッチ その1

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この腕時計の名前はサーミック。1998年の12月に200本だけ発売されました。英字の綴りはTHERMICで、熱を表すTHERMOという単語が組み込まれていることから何となく推測できるとおり、熱で発電する機能を搭載しています。

腕時計の発達史において取り組まれてきた2つの大きなテーマ。それは時間精度の追求とエネルギーフリー化だと思います。精度に関しては1970年代の半ばにクォーツ方式が登場し、おおむね満足できる性能を獲得するに至ります。

クォーツを振動するには電気が必要なので、いずれ切れてしまう小型のボタン電池が腕時計に組み込まれることになりました。ゼンマイを巻き上げるという持続可能な原動力とは異なり、ボタン電池の存在は何となく不安な感じです。

その何となくの中身は、電池が切れたら時計屋さんで交換してもらうのが面倒だということに加え、何本も持っている腕時計に使い捨ての1次電池が入っていて、定期的に交換・廃棄しているという後ろめたさもあるのだと思います。

そこで使い切りではないエコな電気の活用方法はないの?との思いから、腕時計に降り注ぐ光を電気に変換するソーラーウォッチや、腕を振り回す運動エネルギーでダイナモを回して発電するキネティック腕時計が登場することになります。

これらの方式とは異なる選択肢として開発されたのが、温度差を利用する腕時計。腕に装着している人肌と外気温との差で発電するという、いわば地熱発電のようなコンセプト。北米ブローバのサーモトロンが初発になると思われる方式です。

それを意識してかどうかは知りませんが、セイコーからリリースされたのがサーミック。内蔵された熱発電素子により、体温と外気温の差で発電。それを二次電池に蓄電して時計を動かします。フル充電でおよそ10ヶ月の駆動が可能でした。

今流行の、国連が掲げたSDGs(持続可能な開発目標)的なコンセプトを20世紀の終わりに実現していたのはエライ!と思います。この未来志向をデザインで示すべく、普通の腕時計にある4本のラグ(脚)が隠されてスカート状になってます。

これは未来志向の自動車の車輪が、なぜか半分だけ隠されてデザインされるのに似ていますよね。そのクルマとはシトロエンDSであり、バックミンスターのダイマクションカーであり、ホンダのハイブリッド初号機インサイトなどです。

時計を腕につけるのに必要不可欠なバンドを支えるラグ(脚)にせよ、クルマのエネルギー源が何に変わったとしても必要不可欠な車輪にせよ、それぞれの構造を根本から支える主要パーツを隠そうとするデザインって微笑ましいです。

人肌温度差発電というマニア心をくすぐるアイデアと未来志向の外装デザインが魅力のサーミックですが、実は後継機種が登場しなかった空前絶後のモデルでもあります。どうしてそうなったのかは、次回にくわしくお伝えする予定です。

つづく


ガンダーラさん.jpgガンダーラ井上

ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計の蒐集に血道をあげ、「monoマガジン」で世界のどこかの時計店で腕時計を買い求める連載を100回続ける。2002年に独立し「Pen」「日本カメラ」「ENGINE」などの雑誌や、ウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」「Leica M10 BOOK」(玄光社)など。